過保護は美徳ではない!子どもの自己肯定感を奪う『先回り親』の正体と、プロが教える子離れの覚悟

メンタルケア

こんにちは。【心を整える専門ノート】へようこそ。
私のmentalサイトに、『毒親でないのに、自己肯定感が低いのはなぜ』というお悩みで検索している方がいるので、答えになれるようによく考えてみました。それは、もしかしたら過保護すぎる親のせいかも知れないと思いました。私は毒親育ちでしたが、甘やかされたことはなく、甘えられなかった辛い記憶があります。いつも厳しい言葉を投げかけれ、楽しいひと時も無かった。今日は、私の忘れかけた幼少期を思い起こして、明るい普通の家庭で育ったのに、なぜ自己肯定感が低いのか、考えてみます。

はじめに:愛情という名の「静かな支配」にメスを入れる

平成2年3月、私は損保レディの代表として日経新聞の対談に招かれました。まだ黎明期だった介護保障の未来について「生保にも介護保険があったらいいのに」と現場のトッププロとしての直感を語った頃から、私の信念は一貫しています。それは、「自分の直感を信じ、自分の足で凛と立つこと」こそが、人間の自己肯定感の最大の源であるということです。しかし現代社会では、子どものためと称して、子どもの歩む道の先にある石ころをすべて親が先回りして拾い集めてしまう「過干渉な親」が後を絶ちません。「暴力を振るうわけじゃないし、むしろ不自由なく育ててくれた。なのに、どうして私はこんなに自分に自信が持てないんだろう……」と悩むあなたへ。それはあなたの心が弱いからではありません。親の愛情や家庭の都合という名のベールに包まれた「先回り・制限」によって、自分で決めるチャンスを奪われてきたからです。

野生動物に学ぶ、本当の教育とは「自分で狩りをさせること」

大自然の野鳥や動物たちを見てごらんなさい。親はまず、子どもに「獲物の取り方(生きる術)」を教えます。探して、狙って、自分で捕まえる。子どもが自分の力で狩りができるようになるまで、じっと側に寄り添い、見守るのです。人間だって全く同じであるべきです。
命に関わるような、本当に危ない目に遭いそうな時だけは全力で防いであげる。けれど、それ以外のことは「自分で考えれば?」と、どっしり構えてほっといてあげるのが、本当の親の強さであり、愛情というものです。ビジネスの世界でも全く同じ。上司が失敗を恐れて先回りし、すべての指示を出して決定権を奪ってしまったら、その部下は絶対に一流のプロには育ちません。子どもの心を育てるのも、まったく同じメカニズムなのです。

親の先回りが生んだ悲劇 わが家の大学選択ミスから言えること

実は、わが家にも大きな後悔(選択ミス)があります。私の息子は、センター試験で素晴らしい高得点を叩き出しました。親の目から見ても、明治大学や中央大学(いわゆるMARCH)といった上位の大学へ十分に狙える実力があったのです。
しかし、父親が放った一言は「一番授業料の安い大学にしろ」でした。そのために行くことになった大学ですから、本人も納得できなかったのだろうと思います。登校拒否になってしまった事は親の責任もあります。
本人の努力や可能性よりも、親の都合で選択肢を狭めて先回りし、レールを敷いてしまったのです。結果として、息子は何のために法学部で学ぶのかという強い目的意識を持てないまま入学し、その後、肺気胸という2度の緊急入院と手術を伴う病気が重なり、授業について行けなくなり、大学を中退することになった。後になって、息子が大切に持っていた当時のセンター試験の点数表を見せてくれた時、私は胸が締め付けられるような申し訳なさでいっぱいになりました。「あの時、本人の実力を信じて、本人の行きたい道を自分で選ばせてあげていたら、彼の人生の景色は全く違うものになっていたのではないか」と。親が良かれと思って、あるいは大人の理屈で子どもの選択肢を先回りして決めてしまうこと。これこそが、子どもから「自分の足で人生を切り拓いた!」という自己肯定感を奪う、最も罪深い支配になり得たのでした。

子どもは親の作品ではない。血縁のある「別個の人間」

忘れてはならないのは、子どもは親の所有物でもなければ、親の身代わりでもないということです。顔も違えば、性格も違う。たまたま血縁という強い絆で結ばれただけの、全く「別個の人間同士」なのです。「危なっかしいから」「失敗させたくないから」と親の枠にハメてコントロールしようとするのは、親の側のエゴであり、小さな支配にすぎません。たとえ失敗したとしても、自分で選んだ道であれば、子どもはそこから立ち上がる強さ(レジリエンス)を学びます。

親の本当の仕事とは何でしょうか。
子どもが大学に合格し、卒業し、就職していく――。そんな、人生の中で最も荒波に揉まれる「一番大事な正念場」の時期に、後ろからしっかりと支えてあげること。それさえやり切ったら、もう親の仕事は終了です。そこから先は、彼らが自分の足で自分の人生を歩んでいく番なのです。
小さな傷を恐れて親が先回りするのをやめ、一人の独立した人間として「行ってらっしゃい」と手放してあげること。それこそが、こじれた現代のSNS社会で、子どもの自己肯定感をまっすぐに伸ばす唯一の「心技体を整える」育て方なのです。

大相撲9月場所を終えた今、大の里が不調を乗り越え優勝できた理由

昨日の千秋楽で、横綱 大の里が優勝しました。素晴らしい快挙です。肩の怪我からの不調が続き、本人としても大変な不本意な成績を見ながら、考えていたことは『夢の実現のために』どうすれば良いのかという模索だったのでしょう。あまりにも早い出世で、『心技体』の心が追い付いてなかった。負けた時の心の傷をすぐに手当をできなかった。肩の怪我を治らないまま土俵に上がったことなどが影響していたと思います。でもすでに肩の怪我は治っているし、心が前に向いている、少し危なっかしい時がありましたけれど、一番一番、勝つ相撲が取れるようになってきた事実を積み上げ、ついに優勝という復活劇を完成させました。見事な復活劇でした。テレビの前で祈るように観戦していた私は、勝った瞬間、窓が開いていたのにも気づかず、大声で『やったぁー!!』と叫んでいました。巡業の予定も組まれている忙しい力士たちは、今年最後の九州場所を11月に控え、さらなる飛躍を誓うのでしょう。
石川県にいらっしゃる大の里関のご両親が、大変喜んでいると思います。ここまで努力した息子を誇りに思っていることでしょう。見事に自立した我が子へ、今度会うときには涙が止まらないでしょう。

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
自己肯定感が心を満たすと、良いことが起きる、まさに横綱 大の里が体現してくれました。
子供を愛する親世代の私たちは、自分の育てた子供を信じて、彼らが自ら導き出した選択を評価してあげましょう。必ず良い方向に向かって行きます。

皆様の日常に、自己肯定感を認められる最高の結果がもたらされますように。

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